昔の人間の昔話(15)最終回

思い出は鮮やかに、雑談あれこれ   by Fresh Down

 
還暦を過ぎて何年か経つと、昨日の夕飯は何を食べたかな?なんてえことを思い出すのに時間がかかるようになってくる。若い頃はそんな馬鹿なことが、と思っていたものだが、実際にその歳になってみると全くその通りなので驚くと同時にがっかりもする。そして不思議なことには、何十年も前のことなのにはっきりと覚えていることも多いものである。

老化は頭だけではなく、確実に身体にも現れてくる。フットボールは体をぶつけ合う激しいスポーツであるし、走るにしても急激な方向転換や急停止を強いられるので、特に膝の障害に悩まされている人は多いのではないだろうか。そんなことからよく「歳は取りたくない」と言う言葉も聞かれるが、不幸にして若くして亡くなった方もおられる。老化現象を体験できる歳まで生きられたと言うことは、実は幸せなことなのかもしれない。

さて、アメリカン・フットボール同好会を創設した人々、そしてその同好会に入ってきた数多の人々、彼らは何のために集まってきたのであろうか。その目的は言うまでも無くフットボールの試合を行うことであり、そして勝つことであろう。勿論私もその一人であり、ルールも知らないし、試合を観たこともない状態で飛び込んだのであるが・・・

同好会と言う優しそうな名前とは裏腹に、その練習はどの運動部にも負けないくらい厳しいものであった。そしてその厳しい練習を耐え抜くことが出来たのは、『試合に出たい』と言う一念であったと言って良いだろう。それだけに初めて試合に出た時の思い出は、誰しも消えないのではないだろうか。

私が初めて試合に出してもらえたのは一年の時の秋のシーズンで、目白にある学習院大学で行われた東洋大学との一戦だった。恐らく4Qに入っていたと思うが、点差もあって1本取られてもまだ余裕があるという状況だった。味方のTDの後のキックオフが終わり、敵陣深い所からのディフェンスであった。

フォーメーションは当時主流の6-2-2-1、私のポジションは左のHBである。東洋大学の最初のプレーはディフェンスから見て左のオープン攻撃、私の側への攻撃である。新米が守備に入ったことを見越してのプレーであり、適切なプレー選択であったと言えるだろう。しかし私も意外と落ち着いており、スロービデオでも見ているかのように相手の動きを余裕を持って見ることが出来た。リードブロッカーはエンドのMさんが潰していたのだろうか、ボールを持った敵のHBの動きは緩慢であり、逃す心配の無い格好の獲物に見えた。

ロスタックルだ!!と自信満々で突っ込んでいったのだが、気が付いた時には地面に突っ込んでいた。タックルをした記憶も無いが、タックルを外された記憶も無かった。しかしタックルに失敗したことは事実であり、Mさんからは「目を瞑ってタックルしては駄目だ」と言われた。私はしっかりと目を開けてタックルに行ったのであるが、何故タックルに失敗したのかについては長いこと分からなかった。

何年か前のNHKの番組で、軽いてんかん症状に関する特集をやっていた。1秒にも満たないような極短時間のてんかん症状は誰にも発生する可能性があり、何事も無ければ本人はそれに気が付かないのだそうである。会話でもしていれば相手が異常に気付くかもしれないが、てんかんに関する知識が無ければ単にボケーッとしていたと言うことで済ませてしまうことだろう。

私がタックルに失敗したのも、恐らく瞬間的に意識が無くなってしまい、相手の動きについていけなかったと言うことと思われる。そして過去にもそのような症状があるのかと思って記憶を辿ってみると、はっきりと覚えている現象が4つあった。

古いのは小学生高学年の時と中学2年の時で、前者は田植えの最中に土手に上がろうとした瞬間泥水の中に倒れてしまい、後者は林間学校で県内の榛名山に行き、榛名湖でのカッター訓練を終えて桟橋に着く寸前に一番乗りと思って飛び移ったのであるが、何故か次の瞬間には水の中に落ちていた。三度目は高校二年の時の柔道の乱取り稽古中で、上級生が得意の大外刈りをかけてくることを察知し、軽く後退して避けようとしたのであるが、気が付いた時には畳に後頭部をぶつけて倒されていたのである。

最後は大学一年の時の練習中、パントリターンの練習で高々と上がったボールを見つめると同時に、タックルをするために迫ってくる相手も視野に入れていた。タックラーは一番の巨漢であるタックルのSさんである。キャッチした後どちらに走ろうか思案していたのであるが、これまた気が付いた時には地面に叩き付けられていた。恐らく正面からもろにタックルされたのだろうけれど、無意識の中でボールだけはしっかりと抱えていた。

これらの現象は何れも先に述べた瞬間的なてんかん現象によるものと推測されるが、後遺症が残るような事故にならなかったのは幸いであった。この症状は誰にでも起こりうる可能性があるそうだが、本人一人だけでいる場合には認識できないらしいので要注意である。このことは普段の生活においてもちょっとした気遣いで発見できる症状なので、頭の隅にでも留めておいて貰えれば幸いである。それにしても初めての試合出場でロスタックルは確実と思っていただけに、あのタックルだけは何としてでも決めておきたかったのだが・・・

湘南校舎のグラウンドも人工芝となり、部員の充実によるツープラトン制、更にはルールの改正も度重なって今では昔のフットボールとは大きく様変わりしているようである。昔は芝のグラウンドなんて夢物語であり、小石が混ざった土のグラウンドが普通であった。そのためか両者が接近しているライン同士の戦いでは、スタートの時に手に付いた砂粒が飛んで目に入ったと言う話を聞いたこともある。それが故意か偶然かは知らないが、バックスの場合にはそのようなことは無かったし、人工芝となった現在では無縁の話だろう。

ボールを持っている相手が大きなEやFBの場合、軽いHBははじき返されないよう低い位置へのタックルを心掛けていた。しかし余りにも低過ぎると相手の変化に付いて行けず、体をかわされて地面に突っ込んでしまうことになる。俗にこれを土(泥だったかな?)タックルなどと呼んだものだが、地べたに対してはどんなに強烈なタックルも効果はないし、口の中に土が入ってくるのが関の山である。ところでこの「土」であるが、強い大学のグラウンドの土はしょっぱいと言われていた。選手も多いし練習も厳しいので大量の汗が地面に流れ落ち、汗の成分である塩分が残っているためと言うことらしい。人工芝になっても汗の中の塩分は残ることだろうが、塩辛い人工芝が出現するかどうかは何とも言えない。

現在では賄い付き、つまり朝食と夕食を提供してくれる下宿は少なくなっているようだが、当時は大学の周辺には学生を対象とした賄い付き下宿屋が多数あった。私が湘南校舎で2年間過ごしたのも金目地区にあったそんな下宿屋で、1年と2年とで20数人が入居していた。大学に近いので通うのも楽であったし、全員が同じ東海大学生と言うことも一因であろうが、トラブルの無い良い雰囲気の下宿であった。

20数人の下宿生の中で運動部に入っていたのは私ともう一人、同じ一年生で少林寺拳法部の学生がいた。二人とも一浪していたことも原因かもしれないが、上級生も敬語を使ってくるような生活であった。私も少林寺の彼も物静かな人間であり、肩を怒らせて歩き回るようなタイプではない。それでも格闘技関係の運動部に入っている人間は、一般の学生から見たら近寄り難い存在だったのだろうか。

同居者からは敬遠されがちであったが、下宿屋のおばさんの評判は良かった。厳しい練習のお陰でいつも腹ペコ、普通に出されたものは勿論、余り物まで全部平らげていた。おばさんが困るのは好き嫌いが激しくて食べ残されることであり、大食いでも残さずに食べる者の方があり難い下宿生だったのである。

賄い付き下宿のお陰で朝晩とも十分に食べていたのだが、それでも昼飯は一人前では足りないような状況だった。しかし二人前食べれば昼飯代も倍になる、と言うことで弁当を自作することで何とか乗り切ったのであるが、家が農家であったので米には困らなかった。味の方はと言えば・・・腹が減れば何でも美味いのだ!

今にして思えば、経済的にはギリギリの生活の毎日であったかもしれない。夏休みに入って合宿前の練習が始まるまではアルバイトをすることになるが、平塚でのゴム工場での作業は合宿にも劣らないほどの暑さであったし、清水での冷凍マグロ倉庫では、危うく命を落とし兼ねないこともあった。時給が良いので選んだ仕事ではあったが・・・

そんな生活であったから、同じ下宿の仲間のように遊んでいる暇は無かった。歌にもあるような学生生活を楽しむなんてえこととは無縁の生活であったが、勿論フットボールをやっていたことに後悔は無い。駆け出しの東海大学は強いチームではなかったし、私自身も優秀な選手では無かった。上級生になると練習で手を抜くこともある怠け者であったが、それでもフットボールをやっていて本当に良かったと思っている。

卒業してからもフットボールを出来る環境があればプレーを続けたが、広島での草野球ならぬ草蹴球等は懐かしい思い出である。フットボール以外では登山・自転車・スキー・スケート等も経験したが、何れも歳を取ってからでも出来るスポーツである。勿論選手になるには若い頃からやらなければならないが、レジャーとしてなら何時からでも始められる。しかしフットボールはそうはいかない。学生時代の貴重な時間をフットボールに費やすことが出来たのは幸運であり、最善の選択であったことは間違いない。

某漫談家ではないが、あれから50年、と言う年齢になって来た。心身ともにガタが目立つようになって来たこの頃であるが、フットボールは老後の楽しみの一つともなっている。勿論観戦のみであるが、衛星中継でNFLの試合までもが観られるようになった今日、フットボールを知らない人間が哀れに見えて仕方が無い。それだけの魅力を持っているのがアメリカン・フットボールである。OB・OG諸君は勿論、現役の選手やマネージャー諸君も、フットボールを選択したことは最善の行為であったと思える日が絶対に来るだろう。